乳がん体験記

3.病名を伝える相手

有明病院での手術入院は10日間 との話でした。
退院後、自宅で休養を薦めるが、翌日から働く人もいるという話でした。
乳癌の手術は外科手術となるため、退院後の休養はさほど強く言われませんでした。

私の会社では1年に1度最大14日間の長期休暇を取得することができます。
それ以上休むためには、会社へ診断書を提出し、別途休暇申請を行わなくてはいけません。
家族にはしばらく自宅で休んでいたほうが良いと言われましたが、私は会社へ診断書を提出するのが嫌で、14日間で復帰することに決めました。

以前、子宮内膜症で入院した際は自宅療養を薦められたこともあり、3週間ほど休暇を申請したのですが、今回は乳癌という診断書を提出しなくてはなりません。
その病名が持つ重みと、復帰後に誰かから「胸がない」と思われることが嫌で、会社の人には一切知られないようにしようと決めたのです。

復帰後に普通に仕事をすると体調に差し支えるから、周囲の人間には病気のことを話したほうが良いと、主人や義母には何度も言われましたが、私は聞き入れませんでした。
退院後に投薬や放射線治療などの必要がある場合は、周囲の理解が必要となるでしょうが、私は幸いにもその必要がありません。
それであれば、あえて言う必要はないと私は考えました。

乳癌や子宮癌は女性にとって非常にデリケートな病名です。
生命の心配がないのであれば十分ではないか、と思われるかもしれませんが、患者には手術後の日常生活があります。
その日常の中で、「この人は片胸がない、と思われているのではないか・・・?」という思いを抱いて、人と接するのは非常に苦痛です。
それが原因で人前に出ることが嫌になる人もいるでしょう。
胸のシルエットが出る服装が出来なくなる人もいるでしょう。
私は術後にそのような不安を抱えて生活したくなかったのです。
それであれば、退院後に多少無理をしてでも通常業務に復帰するほうが良いと考えたのです。

私のこの気持ちに賛同してくれたのは母親でした。
「私でもきっと誰にも言わないと思う」と主人に話してくれ、主人も納得してくれました。

直属の上司にだけ、手術入院であるため、万が一退院が延びた際は休暇を延長させて欲しいと告げ、それ以外の人には何も言わずに休暇を取りました。
男性上司だったため、「女性疾患の病気だが命に別状はない」とだけ告げ、それ以上は何も聞かれませんでした。

休暇に入るまでの間は、仕事中でもつい『乳癌』というキーワードでネットを検索してしまったり、色々考えてしまうことが多いです。
精神的に不安定になっていて誰かに話を聞いて欲しいと思ったり、休暇前に残業して仕事をこなしていると、誰か代わってくれよ!と思ってしまったりもしました。
でも誰にも言わないと決めたのは自分です。
休暇前と休暇後、私はなにも変わらない状態でここに戻ってくるんだ、と心の中で思っていました。
職場では私はがん患者ではないのだ、と思えたことは意外と心を平静に保つのに役立ってくれました。
人によっては、周囲に支えてもらうことによって心の平静を保てる人もいると思います。
ですので、周囲に言わなかった私のやり方をお勧めするわけではありませんが、退院後は日常に戻るんだ、という決意が私には非常に役立ちました。

結局私が病名を伝えた人は、主人と自分の両親、義両親、前ページで紹介した生命保険会社に勤める友人の6名のみでした。
3年後に友人が子宮癌を患った際に病名を伝えてくれたので、私も何かの力になれれば、と乳癌のことを伝えるまで、誰にも打ち明けずに日常生活を送っていました。

きっと私以外にも病気のことを周囲に隠し、日常生活を送っている人はたくさんいると思います。
病院にいる時は誰もが『患者』になりますが、それ以外の場所では『一般人』でありたいと思うことは、普通のことであると思います。
病院から出た自分は周囲からどう扱われたいのか、ということを考えてみて、自分の病名を打ち明ける人を決めると良いと思います。
病人として周囲に気遣われたい、色々な人の話を聞きたい、と思う方は自ら病名を伝えるほうが良いと思います。
私のように周囲の目が気になったり、日常への執着がある方は、ごく一部の人にだけ伝えることをおすすめします。

わたしもいつか他の友人に「実はあのころ乳癌だったんだよねー」と明るく話せる日が来ると願っています。
もしこれをご覧になっている貴方が、いつか誰かからそのような告白を受けた際は、どうか重く受け止めず
「そうだったんだー、全然気づかなかった!がんばったんだねー。話してくれてありがとう!」
と明るく返してあげてください。
自分が病名を伝えることで、誰かが病気で悩んできるときに相談相手になれるかもしれない、そんな気持ちで告白しているんだと思います。
私もそんな気持ちの第一歩として、このブログを書いています。